My Funny Footnote

映画のことをノートしていきます。

ユホ・クオスマネン監督『コンパートメントNo.6』(2021)

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90年代のロシア・モスクワ。フィンランド人女性の大学生ラウラ(セイディ・ハーラ)は、古代遺跡の「ペトログリフ」を見るために、列車で一人旅をする。
冷戦後可能になり、2022年以来プーチンによってぶち壊された世界が描かれている。
大国ロシアに学びに来た小国フィンランドの学生、下宿の大家であり大学の教授であり恋人でもあるイリーナ(『動くな、死ね、甦れ!』のあのディナーラ・ドルカーロワ!)、下宿のヒッピー・コミュニティーの薄っぺらい雰囲気のなかでの孤立感。そんな状況から彼女が爽やかな出口にいたるロード・ムーヴィー。ある種古典的な自己発見の旅かもしれない。
 
この映画でうなってしまうのは、彼女が寝台列車6号コンパートメントで同室になるリョーハ(ユーリー・ボリソフ)なるロシア男の魅力。驚くほど粗野で下品。「俺たちは月に行ったんだ!」(行ってない)というロシア(というかソ連?)への誇り。とにかく人懐っこい。そうかと思えば、他人が入ってくると子供のようにぎこちなくなる。フィンランド男が二人の部屋に割り込んできた時の拗ねる感じ。するともう取りつく島もない。その内面は単純なようで、動物の内面を人間が決して覗き込むことができないように、どう動くか予想がつかない。プーティンの仕草すら思わせる。
そしてリョーハが「みんな死ねばいい」とつぶやく。暗い洞穴に石を投げるようにぼそっとつぶやく。この途方もない虚無感。彼の親切さも、何か自己破滅的なエネルギーがある。
ロシア性なるものについて、ロシア男なるものについて考えさせられてしまう。
 
また映画として、セリフ、演出、人物像が驚くほど繊細で丁寧。映画の細部に目をみはり、耳を澄ませるうちに時間が過ぎてしまう。イリーナのペトログリフを見にいく旅が、恋人と一緒に行きたかっただけだと明らかになっていく。恋人が来なくなっても一人旅をするのは、自分の空っぽな(と思える)動機をごまかそうとして。理由の説明も「過去を知ることで現在をよりよく知れる」というヒッピーコミュニティーのおっさんの薄っぺらい言葉を思わず繰り返してしまう。思えば彼女の表情は最初からよそ行きで強張っていた。それがリョーハによってほぐれていく。文学部の教授とされるイリーナが、ペトログリフには冬に行けないということに気づかなかったこととか、なんかその良い加減さもいい。
途中で闖入するフィンランド男のうざさも効いている。ロシアの電車内で車掌にロシア語でしゃべられて、「訳分からん」とか言ってしまう感じの悪さ。英語で親切に話しかける感じ。うぜいったらない。